ぬのさんのスパイスフリークな日々 | 布川俊樹ブログ

布川俊樹とソニーロリンズ音楽雑感

ソニーロリンズ追悼投稿を書きました。

「布川俊樹とソニーロリンズ (Part1)

僕は「事実の管理」が実に不得手な人間である。

1996年にHPを初めてからは、そこに書いたようなことはそれなりに残っているが、それ以前の自分史は僕の記憶にあるものがほとんどだ。まず小学生時代〜息子が生まれる前までの写真とかほとんどない。書き残したものもない。20代の頃あんなに一所懸命コピーした譜面も1枚もない。ガキの頃に撮った鉄道写真はもちろんない。卒業証書もないから立候補できない(こんなこと書いてると大学卒業ちゃんとできたかも自信がなくなってくる)。

僕のまわりでは、納ちゃんとかギタリスト山中弘行さんとかは信じられないデータ管理でよく驚かされる。ああいう能力があったら、教則本とかももっと書いていたかもしれないし(無くなった譜面ネタは山ほどある)、カブ栽培ももっとマシだったかもしれない。

まあ、ないものネダリ、万事塞翁が馬ということにしておくか。

なぜ、こんな話を書いたかというと、つまりエッセイなどでよく僕が書いている昔の話は、僕の「捏造記憶」かもしれないということだ。

その「捏造記憶」の中にも鮮烈なものもある。

高校修学旅行中、南禅寺でソニーロリンズに遭遇した。やたら大きくてパンタロンっぽいものを履いていてただただカッコよかった。興奮して修学旅行の寺社見学の感想を書くような栞の空きページにサインしてもらった。

ところがうん十年経って、僕はその記憶を完全に失念していた。50歳過ぎた頃の同窓会で旧友から酩酊しつつその時の修学旅行の話を振られて急にフラッシュバックした。「お前、ソニーロリンズと会ったじゃない!」「え? あ、そういやあそうだったな」「何だよ、忘れてんの?ロリンズ好きでもないんじゃないの?」「死ぬほど好きだよ」。

いまロリンズの来日歴を検索してみると、僕の高校時代の記録は出てこない。

実に不思議だ。一体何だったんだろう??

サインはもちろん残ってないし。

追悼気分で最初に聞いたのは以下のアルバム。この時代のロリンズを聴いてると、不思議な気分になる。僕が生まれた頃、70年近く前。野球だったら、長嶋王張本のほぼ新人時代、魔球杉浦とかそういう時代だ。いまの野球はオータニさん‼️ 昔のスタープレイヤーを揶揄する気はもちろんないが、歴史を積み重ねた時代の進化は恐るべきものを感じる。ところが、このロリンズのプレイは現在の時点でも唯一無二、圧倒的に世界のトップだと僕は感じるのだ。コピーするのにカセットもなかった時代にこのプレイを成し遂げてるってことにただただ驚き呆れる。

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P.S…この「Newk's Time」のタイトルの由来は、当時ロリンズが住んでいたブルックリンに本拠地があったドジャースの名投手ドン・ニューカム、ロリンズが彼に目鼻立ちのはっきりしたところが似ていたためです。ドジャースの熱狂的なファンであったフィリー・ジョー・ジョーンズが、彼の事をそう呼んだのに始まります(佐藤達哉氏のブログより)。

ロサンゼルスドジャースのオータニさん‼️ に捧げた「Great Swing 17」の作曲者としては非常に親近感ある話で嬉しいですね。

「布川俊樹とソニーロリンズ (Part2)」

最初に買ったジャズのアルバムは明確に覚えている。マイルスデイビスのベスト盤。ラウンドミッドナイトからキリマンジャロの娘まで入っているLP2枚組。最初の男が良かったな。僕の人生を大きく変えた1枚だったと思う。

で、次に買ったアルバムの記憶は微妙だ。メモしてたらよかったな。

予想ではソニーロリンズ「Next Album」だ。ひょっとしたらビルエヴァンスのモントルーライブかもしれない。捏造記憶でロリンズのアルバムがNextだったとしておこう。

このアルバム、あんまり最初の方に入っていた楽曲は覚えていない。とにかく印象に残ったのは確か裏面1曲め「Everywhere Calypso」だった。何てメロディックなアドリブなんだろう?何でこんな風にできるの?

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ちなみに僕は相当変わってる奴で、ギターを始めた中1の頃、多分2ヶ月くらいして早くもアドリブ練習を開始した。色々コピー(当時のレベルで)も始めていたが、「Let It Be」のジョージのソロを練習していて、ペンタトニックの音使い覚えればソロができることに感動して、片っ端から音楽に合わせてペンタトニックでソロを弾きまくっていたのだ。で、ロックは御多分に洩れずハードロックを聴きまくるようになり、中3くらいの頃にはジミヘン、ジェフベック、クリームみたいなブルース要素の強い音楽が好きになって行った。そんな時にサンタナが傾倒してるってことで、マクラフリンのマハビシュヌオーケストラが何とテレビ番組で紹介されていた(いまでは考えられない)のを見て大衝撃を受けた。そこからジャズに興味を持ち始めてスイングジャーナルとか買ったりFMのジャズ番組を聴き始め、だんだんジャズに傾倒して行ったのだった。

ロックは僕にとっては聴く音楽かつ演奏する音楽だった。でもジャズは全くそういう気にならなかった。何やってるかさっぱりわからないから。とにかく「良いと言われるオススメのジャズ」を貪欲に聴いて行った。そういう流れで、ギタリストのジャズを特に聴いたわけではなかった。正直マイルスやロリンズとかの方がいいからね。

話を戻そう。「Everywhere Calypso」を初めて聴いたとき、他のジャズのアドリブソロよりかなりわかりやすく聞こえた。中3の布川少年が考えたこと。「あ、そうか。ジャズのソロって近い音を弾かないで音を飛ばして弾けばいいのか」。

この曲、ロリンズはほとんどシンプルなアルペジオを中心にプレイしている。それもI-IV-Vとかそんな感じ。トライアドのアルペジオとかも多いから実に綺麗でわかりやすいメロディーになるわけだ。このジャズソロ勘違い開眼体験(?)から40年後くらいに、大学の授業「ジャズフレージング入門」でこの曲をサンプルとして使うようになった。「コード的な発想のフレージング」の最初の回で、トランスクライブ譜面を見せながらこの曲のソロを解説する授業。学生とこの曲をセッションもした。よくジャズはI-V-Iとかいうけど、その前にトライアドだけでF-G-Cを弾けるようにすることが大切、そこからllm7-V7-IMへ発展できるみたいな方法だった。ちなみにオンラインサロンでもそういうワークショップを行っている。

この曲には面白い想い出がある。自宅でコルトレーンの「Giant Steps」をかなり大音量で聴いていたときだ(多分中3の終わりくらい)。そうしたら母親が「何これ?この人下手なんじゃない?」「とんでもないよ。これは最高に上手いんだ(って僕も何も分かってなかったけど)」「うるさいし、デタラメにしか聞こえないけど」「じゃあこれはどう?」と言って「Everywhere Calypso」をかけると「この人は上手いわね」ということでした。

大学時代の僕の練習相手でかなり仲が良かったのは、ソニーロリンズトリオのヴィレッジバンガードライブだ。管楽器トリオでピアノ入ってないからコンピングの練習にはうってつけ。おまけに一緒に合わせて弾きながら、印象に残ったロリンズのフレーズを反復したりして瞬発力の練習にもなる。そういうことを日々やる中で常に感じたのは、彼のあまりに卓越したインプロヴィゼーションだ。フレージング、スイングフィール、歌心、展開、全て最高の手本がそこにはあった。超速いテンポでゆったりバラッドみたいに吹いたりするんだよなあ。

もう1つソニーロリンズの音楽をたくさん聴いたのは、増尾好秋さんがバンドに入ったってこともあった。確かNHKのテレビでバンド演奏が放映されたこともあったと思う。ミーハーの僕としては、世界のロリンズのバンドに増尾さんが入ったのは、オータニさん‼️応援するのと同じマインドだったと思う。あと、今朝増尾さんがロリンズバンドでやってる演奏を改めて聴いたけど、ホントに最高で痺れる。実は僕は影響受けたんだな、と思った次第。ただ、ロリンズバンド、ギターソロない曲が多くてそこは不満だったけど。

一応最後に言っておきますが、ロリンズに想いを馳せてはいますが、これは自分語りです。そこはお許しを。

改めて、僕の人生に多大な影響を与えてくれたソニーロリンズさんに感謝するとともに謹んでご冥福をお祈りいたします。

しばらくロリンズばっかり聴きそう。